磁気刺激治療rTMSの現状 2020-2021年現在
日本は磁気刺激治療を含め電磁気による経頭蓋脳刺激療法における後進国です。大学医学部で学生用のrTMSカリキュラムはなされず、卒後専門研修においても電気けいれん療法までで、rTMSはほんの二、三の大学精神科で行われる程度です。拙著で述べたように、研究発表に至っては欧米にくらべるのも恥ずかしくなるほど僅少です。余計な話ですが、おとなり中国では磁気治療の基礎研究、臨床とも目覚ましく進展し日本をはるかに凌駕し、電脳の発達とともに脳科学に対する国家の明確な意志が観取されます。
このような状況下、日本における街医者レベル(わたしも含めて)の磁気治療者はほとんどが独学して臨床を実施しているのが実情です。学生の頃はその言葉、概念さえなかった頃の者が行っているわけですから。その意味では大学研究者といまのところは大差ないかもしれません。新しい技術の勃興期はどうしても玉石混交の状態になります。学問、臨床としていまだ世界的に確立していないこともあり規範ができていない分、進取の精神を発揮するものがいる反面、いい加減にやってしまうものがいるのも事実です(安かろう、悪かろうの世界です)。未だ明確にはわかっていない効果メカニズムを明らかに間違った脳解剖図でもって提示するもの、おどろおどろしい経歴や専門用語を使って喧伝するもの、つよい薬物抵抗性をしめすうつ病患者すべてに効果があるように言うもの、などなど。医学のどんな分野でも、100%治す方法などありえません。
磁気治療はいまだ多くの問題を抱えていますが、例えば、刺激部位選択の問題があります。うつ病の場合教科書的には背外側前頭前野を選択しますが、何例も実施していくうちに左右どちらを刺激しても、何ら効果を示さない症例がいることは実際にはよくあることです。薬物抵抗性ならぬ、磁気治療抵抗性を示す患者さんは存在するのです。これは、2007年、米・豪・加が参加した大規模臨床治験の結果からすでに明らかなことです。しかし個々の生身の症例において、効かないなどと言ってはいられません。問診、心理テストの結果を手掛かりに、今まで手に入れた知識を総動員して懸命になってhot spotを探します。それでも歯が立たないことはあります。
にもかかわらずです。磁気刺激の、薬物療法では得られない利点・魅力は、身体的負荷が非常に少ないこと、効果発現が非常に早く、副作用がほとんどない点です。薬物抵抗性の強い患者さんは、医師も患者さんも薬物療法の袋小路という迷路に入り込んでしまいそこから抜け出せず、しばしば数年が経ってしまいます(症例5、9、16 参照)。電気けいれん療法も万能ではありません。このような状況の打開策として磁気刺激は、うつ病ばかりでなくさまざまな精神疾患に対し従来の方法とは異なる治療の場を提供しうる価値あるものです。