エピジェネティックス――不安、うつ 2
「あの人が会社に来なくなった」
「まさか私がうつに」
という状況はときどき経験するものです。
会社で昇進したときとか、大きな地震の恐怖にさらされた時とかに起こります。
その人の遺伝子は一生を通じて変わるものではないのに、元気な人にどうしてこのようなことが起こるのでしょうか。
それは、その人のストレス耐性のつよさに関係してきます。
それでは、ストレス耐性の分子的な基礎は何でしょうか。
うつ病の場合、脳由来神経栄養因子BDNFであると考えられています。
海馬で充分量のBDNFが発現していれば脳細胞は護られ、不十分であれば、細胞死に至ります。
細胞核内(10μm)で糸状のDNA(2mになります)は、構造蛋白質のヒストンに巻き付いて安定したクロマチン構造をつくっており、そこで遺伝子の転写・発現がおこなわれます。
BDNF遺伝子のところのヒストンが高度にアセチル化(CH3COO-残基の付加)されると、BDNF遺伝子の転写が亢進しBDNF産生がふえ、脳細胞が保護されることになります。
この様に化学修飾により遺伝子転写が調整されることを、エピジェネティックスといいます。
慢性的な社会的敗北状態では、エピジェネティックスを介した海馬でのBDNF減少がみられ、抗うつ薬イミプラミン投与によりBDNF発現が回復することが知られています。
これが、抗うつ薬の主作用であり、効果の時間経過とよく一致します。
おそらく、磁気刺激治療もBDNF発現を介するものであり、ただ効果発現の時間経過が非常に早く、薬物治療より確実であり、副作用少なくはるかに安全です。